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関東最古の毘沙門天、大岩山毘沙門天の必勝祈願・戦勝祈願の案内

御祈祷必勝祈願

大岩山毘沙門天にてお祀りしている毘沙門天王は、鎮護国家、心願成就、開運招福をはじめ数多の御利益があると言われております。その中でもとりわけ深い御利益が得られる御祈願として必勝祈願が挙げられます。歴史を振り返ると数多くの武将たちが大岩山毘沙門天にて必勝祈願を行ってきております。また、現代では野球チームや民間企業、プロの格闘家の方などが必勝祈願に訪れています。


毘沙門天に帰依した武将たち

日本において毘沙門天は、戦での勝利を祈る数多くの武将たちによって信仰されてきました。中でも名高い武将として、例えば、源義経、楠木正成、武田信玄、上杉謙信などが毘沙門天に帰依していたと言われています。
かの聖徳太子も物部氏との争いの際に毘沙門天に戦勝祈願をしたところ、そのご加護のために勝利をおさめたと言われています。

大岩山毘沙門天に帰依した武将たち

日本三佛毘沙門天と言われる大岩山多聞院最勝寺においても数多くの武将たちが帰依したと伝えられています。

平安時代

平将門が起こしたいわゆる天慶の乱(939年)の時、大岩山毘沙門天において将門調伏祈願がなされたと言われております。
平安時代中期末ごろ、八幡太郎義家(源義家)が前九年・後三年の役(1051~1087年)の東北出兵の際に、足利の地にしばらく留まっておりました。その折、足利市八幡の八幡宮と大岩山毘沙門天に願文を納めたと言われています。その後、戦勝の功を奏じたため、その帰途に紺紙金泥の法華経と奥切矢十五手を奉納されました。
源義家に従う鎌倉権五郎景正が清原清衡を征伐する際、大岩山毘沙門天に武運長久の願文を捧げております。結果、戦に勝利を得たため、帰路に義家とともに大岩山毘沙門天に参詣し、具足甲冑を奉納したと言われています。


鎌倉時代

足利義兼の子、足利二郎義助は大岩山毘沙門天に帰依し、武運長久祈願のために一乗院親筆の法華経全巻と願文を奉納したとされています。
足利尊氏もまた、堂塔や伽藍(がらん)の修復を行ったり、宝物を納めたといわれています。


現代の必勝祈願

プロ格闘家の必勝祈願成就奉納グローブ

歴史的に武将たちが武運長久と必勝祈願を祈願してきた大岩山毘沙門天には、現在も数多くの方々が必勝祈願に訪れています。
例えば、野球部などの運動部やスポーツチームの方々をはじめ、プロの格闘家の方など多くの方々が御祈願されております。
部活動、スポーツチーム等、団体での御祈願も承っております。事前にお問い合わせ下さい。
また、受験や試験においても勝利を収められるよう、合格祈願とともに必勝祈願をされる受験生の方々も多くいらっしゃいます。


必勝祈願の御祈願方法

大岩山毘沙門天での必勝祈願の御祈願方法はご参拝、御護摩修行がございます。

・ご参拝

大岩山毘沙門天へご参詣頂き、本堂前へお越しください。鐘を鳴らした後、合掌し、御本尊「毘沙門天」さまに向かって心静かに御祈願ください。
本堂内部および御守授与所は毎朝5時半か毎月一日にひらいております。また毎月一日には御本尊毘沙門天像もご開帳しております。どうぞお参り下さい。


・必勝御守り

大岩山毘沙門天必勝守り

大岩山毘沙門天はその山号を「大岩山多聞院最勝寺」といい、戦勝祈願の神様である「毘沙門天」を御本尊とするだけでなく、「最勝寺」という山号を聖武天皇より賜っております。

「最も勝つ」という字を持つお寺の必勝祈願の御守りを肌身離さずお持ちになり、ご自身の必勝を御祈願ください。


・御護摩修行

大岩山毘沙門天では本堂内で火を焚いて御祈願を行う御護摩修行を行っております。
毎朝5時半、もしくは毎月一日に執り行っております。

スポーツチームや民間企業、学習塾等、団体でのお申し込みは随時承っております。

祈祷ご予約ページからお申し込みください。(祈祷ご予約

大岩山毘沙門天の御護摩修行ページへ

野球チーム必勝祈願